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福岡高等裁判所 昭和49年(う)566号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人らを各罰金二万円にそれぞれ処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人吉田雄策提出(同弁護人、弁護人石井将及び弁護人市川俊司連名)の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

同控訴趣意中事実誤認の論旨(控訴趣意第一点)について。

所論は要するに、原判決が被告人らのAに対する強談威迫行為として認定する言動のうち、被告人Y1、同Y2、同Y3及び同Y4に関する判示部分は誤認である。すなわち

(一)  原判決は、被告人Y1が管理職員の一人から制止を受けるや、「ぐずぐず言うと目の中に指を突込むぞ。」と大声を発したとし、これをAに対する強談威迫行為の一つであるかのように認定するが、右発言はAに向けられたものではなく、B助役が侮辱的暴言を吐いたので、同助役に向かって発したものであるから右認定は誤りである。

(二)  原判決は、被告人Y2が問題の出来事が刑事事件となって七名も逮捕されるのであるならばAの腕の片方でも折っておけば良かったという趣旨に受取られるような言辞を弄した旨認定するが、同被告人はそのような発言はしておらず、ただ「あれが暴力か。腕の一、二本も折れたとなら別ばってん。」と言ったにすぎない。このことは同被告人の原審における供述により明らかであって、原判決の証拠とする原審証人A、同B及び同Cの各供述の信憑性は否定さるべきである。

(三)  原判決は、被告人Y3がAの右側から同人の坐っている椅子にその右隣りの椅子を打当てるような勢いで同人に近づいた旨認定するが、事実は被告人Y3がAの側に接近するとき、手で椅子をずり寄せたためちょっとAの椅子に当ったということにすぎない。このことは原審証人Dの供述にも明らかな如く偶然の出来事で、椅子と椅子が当ったことと同被告人がAに近づいた勢いとは関係のない事柄である。

(四)  原判決は、被告人Y4がAの左横から、その耳許に口を接するほど近づけて、「傷を見せろ、デッチ上げじゃないか」と罵るとともに、「家にばらすぞ。」などと申向けて、同人の自宅にまで押しかけその家族らに対しても抗議などするかも知れない態度を示した旨認定するが、被告人Y4はそのように口を近づけてはおらず、しかも小声で発言しているものである。右の点につき原判決の証拠とする証人A、同Dの各供述部分は信憑性がない。また、「家にばらすぞ。」とは言っておらず、ただ「お前のやったことを家族の人に言ってやるからな。」と言ったまでである。この点原審証人Aにおいても、被告人Y4が「家をばらすぞ。」と言ったと供述しているのみで、同被告人が「家にばらす。」と発言したとする証拠は存しない。仮に、「家にばらすぞ。」と発言したとしても、これを以てAの自宅に押しかけ同人の家族らに対しても抗議するかも知れない態度を示したものなどと解することは到底できないところである。

以上のとおり、原判決は証拠の取捨選択又は評価を誤り威迫行為の重要な部分につき事実を誤認したものであって、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないというのである。

しかし、原判決挙示の証拠を総合すれば、原判示事実は十分に認められ、とりわけ所論指摘の諸点を含め被告人らが共謀の上Aに対して強談威迫の行為に及んだ事実は否定できない。

すなわち右証拠によれば、

(一)  被告人Y1は同被告人を含め二〇名位の国鉄動力車労働組合(以下「動労」という)の組合員に取囲まれて難詰されているAに対し、「お前のために逮捕された者の家族はどうなるか。家族のことを考えろ。家族の面倒をお前に見て貰うぞ。」、「子供が生れたばかりの者もいるし、子供が生れようとしている人もいる。」等と非難を浴びせたので、傍にいた管理職員の一人たる指導助役のBがこれを制止しようとして、いささか隠当を欠く言葉を発したので、同被告人が原判示の如く「ぐずぐず言うと目の中に指を突込むぞ。」と発言したことが認められる。

右事実によれば、Y1被告人の右発言に関する限り所論指摘のとおり直接的にはB助役に向けられたものである。(尤も原判決の認定もこれに反するものでない。)しかし、同被告人は右発言の直前には前示のとおりAに対して強い非難を浴びせており、右発言はこれに引続くものであり、大声でなされた右発言とその内容、その場の雰囲気や一連の状況を合わせ考えるとき、たとえ右発言のみがB助役に向けられたものとしても、これが右の如き前後の状況と相俟って、Aに対する威迫ともなっていることは否定し難いところであり、同被告人においてもこれを認容していたものと認められる。したがって、原判決がこの観点から右発言もAに対する威迫行為を形成する言動の一つとして、これを認定したことは相当というべきである。

(二)  被告人Y2が原判示の如き発言をしたことは、原審証人A、同B及び同Cの各供述に現われるところである。

所論は右各供述の信憑性を否定するのであるが、これらの供述はいずれも現場における直接的な体験事実に関するものであり、とりわけ原審証人Aは被告人らの発言の向けられた相手であって、その供述は具体的に印象づけられた事実の再生として、これを仔細に吟味し関係証拠とも照合精査しても信憑性を阻害すべき事由は認められず、また原審証人B並びに同Cの名関係供述部分も互いに照応し、Aの右供述内容に照してもその核心的部分において整合するものであって、右各供述の信憑性はたやすく否定できないので、原審がこれを措信したことは相当というべきである。

所論は右各証言はいずれも原審証人Dの供述に照らし措信できないと主張し、右D証人によれば周囲が騒然としていて、被告人Y2の「腕の片方ぐらい」という発言部分以降は聞きとれなかったというのであるが、たまたまDに発言の一部が聞きとられなかったからといって、右の証人らに当該部分が聞きとられる筈がないというのは独断であり、≪証拠省略≫を参酌しても、被告人Y2の右発言が附近の者すべてに聴取不能であったとは認められない。したがって右所論は採用できない。

また所論は、被告人Y2の発言は「腕の一、二本も折れたとなら別ばってん。」というものであり、それでこそ「あれはデッチ上げた。」という同被告人の後の言葉とも自然に結びつくと主張するのであるが、同被告人の原審及び当審における各供述中これに副う部分は前掲各証人の証言に照らし俄かに措信し難く、当時周囲の組合員はAに対して口々に「デッチ上げだ。」などと難詰していたことが認められるので、原判示の如き発言のあとに「あれはデッチ上げだろうが。」という同被告人の言葉が出たとしても必ずしも不自然なものとはいえない。

(三)  関係証拠なかんずく原審証人A及び同Dの各供述によれば、被告人Y3を含む動労組合員らがAを取囲んで難詰している際、同被告人はAに非難の言葉を浴びせるべく近づくにあたり、右Aの右隣りにあった椅子を横にずり寄せて同人の坐っている椅子にぶっつけ、金属性の音を発せしめた事実は否定できないところである。

所論は、被告人Y3が意図的に椅子をぶっつけたものではなく、椅子がぶっつかったことは偶然で、これと同被告人の近づく勢いとは関係がないというのであるが、しかし同被告人がAの許へ接近した目的、態様及び、現場の状況等を考え合わせると、同被告人がAの坐っている椅子にその右隣りの椅子を打当てるような勢いで同人に近づいたものであるとの原判決の認定は相当である。

(四)  関係証拠とりわけ原審証人A及び同Dの各供述によれば、被告人Y4がの耳許に口を接するほど近づいて「傷をみせろ、デッチ上げじゃないか。」等と言って罵り、そのためAは耳の中がジーンとするような感じを受けたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

所論は原審証人A及び同Dの右各供述の信憑性を否定するのであるが、右A証人の供述の措信しうべきことは既に説示したとおりであり、次に述べる点に関する部分を除くと、同証言を排斥すべき事由を見出すことはできないものである。更に右D証人の関係供述部分を右A証人の供述内容に照らすとき、これと整合するものであって、その供述の信憑性はたやすく否定できないものである。

次に、被告人Y4がAに対して、「家にばらすぞ。」と発言したという点について検討すべきところ、この点につき前掲証人Aは原審公判廷で、同被告人から「家をばらすぞ。」と言われた旨供述していることが認められる。しかし、本件犯行の推移やその場の状況等を考え合わせると、右は「家にばらすぞ」という発言をそのように聞き違えたものと認めるのが相当である。なお、その趣旨は所論指摘のとおり、「お前のやったことを家族の人に言ってやるからな。」というものであるが、Aにおいてはこれを前記の如く聞き違えたため、家族をばらばらにして家庭の崩壊を招こうとする趣旨に理解したというのであり、右の聞き違えを前提とする限り、右の如く理解したとしても必ずしも不自然ではない。したがって、この点をとらえて同証人の供述全体の信憑性を疑問視するのは相当でない。

ところで、原判決は被告人Y4の発言が「家にばらすぞ。」というものであったと認定しながらも、Aの自宅にまで押しかけ同人の家族らに対しても抗議するかも知れない態度を示したものと判示しているのであるが、この部分は前示の如き趣旨であったことを考えると、明らかに行過ぎた推断であって失当というべきである。しかし、被告人Y4の「家にばらすぞ。」との発言が、右の如くAのやったことをその家族の者に言ってやるという趣旨に止まるものであっても、同被告人の態度や直前の発言及びその場の状況等と相俟ち威迫行為の一部を形成するものであることは否定できないところである。

以上のとおりであるから、被告人Y1、同Y2、同Y3及び同Y4においてもそれぞれ原判示の如き言動に及んだことが是認され、原判決が右被告人らにつき他の被告人や組合員と共謀のうえ強談威迫にわたる行為をなしたものと認定したことは正当であって、その他記録を精査し当審における事実取調べの結果を参酌しても、原判決には所論の如き事実の誤認を見出すことはできない。論旨は理由がない。

同控訴趣意中法令の解釈適用の誤りであるとの論旨について。

一  (控訴趣意第二点)所論は要するに、刑法一〇五条の二にいわゆる強談威迫というためには、相手方の供述等に不当な影響を及ぼすべき具体的危険性のあるものでなければならないと解すべきところ、被告人らの所為はすべて言語によるものであり、動労の組合活動の正当性の強調、逮捕された同僚組合員を思う心情の吐露又はAに対する抗議や説得であって、しかも現場である訓練室内には一一名もの管理者がいてAの保護及び動労組合員の行動の現認又は制止に当っていたのであるから、右の如き具体的危険性はなく、Aにおいても終始一言も発せず平然としていささかも不安困惑の状態に陥ったものではないから、被告人らの所為はいまだ強談威迫に該当しないものである。しかるに、証人威迫罪の成立を是認した原判決は、法令の解釈適用を誤ったものであって、右の誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないというのである。

しかし、証人威迫罪(刑法一〇五条の二)は国家の刑事司法作用の保護を目的とするものであって、本罪はいわゆる抽象的危険犯と解すべきである。従って、強談威迫の行為は刑事司法の適正な作用を侵害する可能性あるものであれば足り、相手方の供述等に不当な影響を及ぼすべき具体的な危険性のあることを要するものではない。その意味において、相手方の供述等に何らかの影響を及ぼす可能性を有するものであれば足りるとせる原判決の解釈は相当というべきである。

そうなると、所論は既にその前提を欠くものであって是認できないものであるのみならず、被告人らの言動が原判決の認定する如きものである限り、所論指摘の如き動機に基づくものであっても、それが強談威迫の行為を形成するものであることは到底否定できないところである。なお、現場に一一名程度の管理者がいたとしても、関係証拠によれば、被告人らはこれらをものともせず右の言動に及んだものであり、これがためAは終始うつむいて一言も発し得ず、不安困惑の状態にあったことが認められるので、被告人らの右所為が強談威迫に当るとした原判決には所論の如き法令の解釈適用の誤りはない。

二  (控訴趣意第四点)所論は要するに、刑法一〇五条の二にいう「刑事被告事件」は刑事被疑事件を含まないものと解するのが相当であり、かつ本件で問題になっているのは傷害被疑事件であって傷害被告事件ではないから、被告人らの所為は証人威迫罪に該当しないものである。したがって、原判決は法令の解釈適用を誤ったもので、右の違法が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないというのである。

しかし、刑法一〇五条の二に「被告事件」というのは、同法一〇四条の証憑湮滅の場合と同じく、公訴提起後における狭義の被告事件だけではなく被疑事件をも含むものである。このことは同法条の規定中に存する「捜査」という用語からも明らかなところである。のみならず、証人威迫罪(刑法一〇五条の二)は証憑湮滅罪(刑法一〇四条=本条にいう被告事件には被疑事件を含まれる。最高裁判所昭和三六年八月一七日決定参照)と同じ刑法第二編第七章に設けられたものであるが、後者については制定当時から被告事件に公訴提起前の被疑事件を含めて広義に解されているものであって、証人威迫罪に限ってこれと別異に解すべき理由はなく、殊に刑事司法作用の妨害を抑止すべき立法目的に照らすとき、捜査機関が被疑事件として取調べ中のものに関しても、その証人威迫が捜査は勿論審判の公正を誤らせることにおいて変りはないので、これを不処罰にする合理的理由は発見できない。

したがって、被告人らに対する証人威迫罪の成立は否定することができず、原判決にはこの点についても法令の解釈適用の誤りはない。

三  (控訴趣意第三点)所論は要するに、(イ)Aが動労と敵対する鉄道労働組合(以下鉄労という)の組合員でありしかも動労組合員七名の逮捕の原因を作った人物なので、被告人ら動労組合員において同人に対し抗議と説得をしたことが本件であって、動労の労働組合としての団結を維持する必要に出た組合活動であって、正当な目的を有し手段においても相当であるから、労働組合法一条二項に則り刑法三五条が適用され、正当な組合活動として犯罪の成立を阻却すべきものである。

(ロ)仮に、違法にわたるものがあるとしても、被告人ら動労組合員が訓練室に入りAに対して口々に発言した動機は、平然と出区してきたAの表情やその心境を知りたい気持とAの受けたという傷害に対し疑問をもちこれを確めるためのものであって、その手段としてももっぱら言語によるものであり、その内容も同僚七名が逮捕されたことからくる感情の吐露ないし動労の組合活動の正当性の主張が主であり、時間も一時間に満たない短いものであって、しかもAに対する影響は少く、同人の畏怖を媒介として国家の刑事司法作用を侵害するということも正当な組合活動の必要性に比すれば軽微なものであるから、いわゆる可罰的違法性を欠く行為というべきものである。

しかるに、原判決は被告人らの本件行為を労働組合法一条二項の適用を受ける行為とはいえず、可罰的違法性を欠くものでもないというのであるから、これらの点に関する前記事情を看過し、そのため法令の適用を誤ったものであって、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないというのである。

よって検討するに、右(イ)の点に関し原判決の判示するところによれば、被告人らの行動は仲間意識から発した激情的行動で本来的な組合活動ではなく、仮に組合活動の一環とみても団体行動として許容される範囲をはるかに逸脱するというものである。

そこで、被告人らの本件行動の形成過程につき関係証拠を総合しかつ当審における事実取調べの結果も参酌して考察するに、被告人ら動労組合員は、動労と相対立する鉄労に属し七名の動労組合員逮捕の原因を作ったと目されるAが香椎機関区に出てきたことを誰からとなく聞くや、逮捕当日というのに臆面もなく出区してきたAに対する憎悪、平然とAを出区させた国鉄当局に対する憤り、右逮捕の被疑事実たる傷害事件でAが受けたという傷害に対する疑惑、逮捕された七名についての仲間意識やその家族に寄せる同情等から、一人もしくは数人ずつ訓練室に集ってきて、現場共謀の上Aに対する原判示所為に及んだものであることが認められる。

右にみる如く、参集の動機ないし目的は全くの個人的な気持からじっとしておれなくなって自発的に出かけたものがあり、なかには単なる個人的感情のほかに組合員としてもかかる行動が組合団結に必要であるとの考えも合わせ有したものもあって、厳密には一様ではないが、全般的には個人的動機を主とする行動とみられ、またその集合態様も自然発生的であったことは否定できないので、これを仲間意識に発する感情的行動として、労働組合の本来的な組合活動とは考えられないとせる原判決の判断は相当というべきである。

これに反し、所論によれば右は団結防衛のための意識的な組合活動というのであるが、俄かに採用できないところである。仮に、右の集団行動が組合活動として評価できる一面を有するとしても、被告人ら動労組合員の行動は使用者なり自組合員に向けられたものではなく一人の機関士見習にすぎないAを相手とするものであって、本来の組合活動としては筋違いであり、しかも刑事事件の捜査中にその被害者たるAに対して敢行されたものであること、その態様においても多数の組合員の包囲喧燥下に一方的に強談威迫の言動に及んでいるものであって、所論の如く単純な抗議や説得の域に止まるものとは認められないことなどに徴すると、正当な団体行動の範囲を逸脱するものであって、適法な組合活動とは認め難いところである。したがって、いずれにしても労働組合法一条二項の適用を受けるに由ないものといわなければならない。

次に、所論指摘の可罰性違法性の点につき違法の強弱の見地からこれをみるに、前示のとおり被告人らは同僚組合員七名の逮捕を聞知し、その原因を作ったと目されるAの出区を知るや、所論の如くAの受傷の事実を確める気持もあったとはいえ、Aに対する憎悪を抑えることができず、同人が被害を受けたということに関連して面罵を加えうっ憤をはらそうとしたものであり、その犯行の態様はAの勤務時間中に同人の勤務場所に押しかけて、大勢でA一人を取囲んだ上口々に面罵し、原判示の如き言動を以て強談威迫の所為に及んだものであって、社会的に放任又は許容される限度を超え、その違法性を以て微弱なものと断ずることは到底できない。

所論はAの受けた被害及び国家の刑事司法作用に対する侵害の程度も軽微であって、組合活動の必要性に比すれば可罰的違法性はないというのであるが、既に述べたように組合活動と仮定しても正当性がなく、犯行の動機、態様及びAの受けた畏怖などの関係における不法性の強さも軽視できないものがあるのみならず、本罪が国家の刑事司法作用に対する抽象的危険の排除を求めるものであることを合わせ考えるとき、被告人らの所為を以て可罰的違法性を欠くものということは到底できないところである。

以上一ないし三のとおりであるから本件につき証人威迫罪の成立を認めた原判決は正当というべきである。なお、本罪の立法の際における付帯決議(労働運動を抑圧することのないよう運用に留意すること)の趣旨にかんがみ、かつ記録を精査し当審における取調べの結果を参酌しても、本件の如き事実関係の下における限り証人威迫罪の成立を否定すべき理由を発見することはできない。かくして、論旨はいずれも理由がない。

ところで、職権により原判決の被告人らに対する科刑の当否を検討するに、被告人らの行動は勤務中のAのところへ押しかけ、他人の刑事被疑事件に関し捜査に必要な知識を有すると認められる同人を取囲み、集団の圧力の下に原判示の如く強談威迫の所為に及んだものであって、相手のAには別段非難さるべき点がないこと等を考え合わせると、その刑事責任はたやすく軽視できないところである。

しかしながら他面、本件の動機についてみると既に述べた如く同僚の動労組合員七名が当日朝逮捕されたため、これに驚き動揺し、仲間意識からの同情とその反面逮捕の原因を作ったと目されるAに対する憎悪にかられての犯行であって、その動機には酌むべき点があること、犯行は現場共謀によるものであって、各人の言動を個別的にみると、集団心理に大きく左右されていることが認められ、これを個別的科刑の基礎たるべき自我単独の行為支配の場合と同視することは相当でなく、犯行そのものも暴力団等にみられるお礼参りの如き態様のものではなく、強談威迫といっても個々の言動及び犯意の強弱についてみるとそれほど烈しいものとは認められないこと、その他被告人らの年齢、経歴、職業とくに科刑のこれに及ぼす影響等諸般の情状を参酌するときは、原判決の被告人らに対する刑の量定は重きに過ぎ相当でない。

そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらに判決する。

原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人らの原判示所為はいずれも刑法六〇条、一〇五条の二、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人らをいずれも罰金二万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置することとし、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人らの連帯負担とする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平田勝雅 裁判官 川崎貞夫 堀内信明)

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